受験生へ

 毎年思うことだが、受験生の頑張りを見ていると、全員合格してもらいたいと強く思う。
もちろん、志望校も学習時間も全然違うのであるが、自分なりに悩みぬいて目標に向かって努力してきた姿を
目にしていると、一人ひとりの想いをかなえてあげたいと心から願う。
 全員が等しく「合格」を手にするわけではないにしても、忘れないでいて欲しいことがある。
それは、「受験というのは、自分の努力次第で実現可能な夢」であるということだ。
人間なので、常に100パーセントの努力をし続けるのは難しい。だが、苦しく辛い気持ちになった時に、
そこからあと一歩を踏み出せるかどうかが、一人ひとりの今後に大きく影響する。
例え、ゴールまでの階段が1000段あろうと、登り切ればゴールする。非常にシンプルである。
 しかし、しんどくなると、「絶対無理!」とか「どうせやっても・・・」と努力を止める自分なりの
大義名分を必死に探し、歩みを止めることを正当化してしまう。自分で可能性をゼロにしてしまう。
逃げることは簡単。時には、立ち止まって休憩してもいい。でも、諦めないで欲しい。全力を出した結果でないと、
心の中に「後悔」という名の冷たい石ころがずっと残り続ける。妥協することに慣れてしまうことは本当につらい。
自分に自信が持てなくなる。だから、今しんどい受験生へ!!あと少し、一歩でも前に進もう!
後で胸張って「自分は頑張った!」と言えるように。

一瞬一生。

 今年はセンター試験から共通テストに変更されただけでなく、コロナ禍ということもあって、
受験生にとっては初めて尽くしで、例年以上に受験対策が厳しい年になりました。
コロナをはじめとする諸事情で、1/16,17の共通テストを受験できなかった人が本日第2日程を受験しています。
イレギュラーな事態で苦しんだので上手くいって欲しいなぁと心から思います。
 大きく変わると書いて「大変」。本当に文字通り「大変」です。
でも、変化は意外な結果をもたらし、成長を促してくれます。
良くも悪くも当たり前が無くなり、一人ひとりが考え、臨機応変に対応することが求められます。
変わることは苦しくて、恐ろしいことが多いものです。だから、「いつもと同じこと」に安心し、
良くなりたくても変われない自分がいます。人間は環境に適応し、変化し、成長し、進化してきました。
今の自分の力で掴めない将来の夢やなりたい職業は、変化の先にあるものです。
恐いけど初めの一歩を踏み出さないと、目標にたどり着くことはありません。
 私も最近知ったのですが、「一瞬一生」という言葉があり、「一瞬に一生をかけることがある。一生が一瞬に思える時がある。」という意味だそうです。一瞬一瞬を大事に生きないと幸せな一生を送れないと教えられているような
気がします。
 受験に限らず、自分の将来を左右する場面では「一瞬一生」という気持ちが何よりも大切な気がします。
子供たちにも、そんな生き方が出来るように決意新たにしている所です。
 「みんな、頑張れ~!!」          
                                              担当 中島

今年最後。

 早くも今年が終わろうとしています。
去年の年末は今年がこんな一年になるなんて、予想すらしていませんでしたね。
「当たり前」なんてないことを、そして日々の平穏のありがたさに気づかされます。
一日も早く、コロナ禍が終息することを願わずにはいられません。
 さて、SHOOTは、通常より1~2日早いですが、今日が仕事納めです。
コロナのために、受験生の受験対策だけでなく、1~2年生の定期考査対策も大きな影響を
受けました。学校がかなり飛ばし気味だったので、学校の授業の補完が思った以上に大変でした。
 そんな受験生の努力の成果が試される場である共通テストまで、あと少しです。
後悔しないよう、この休塾期間を上手く利用し、本番に備えて欲しいと思います。
他の誰でもない自分の行動で状況は変わります。何か起こるのを待つのではなく、
自分からすべき行動を起こしましょう。頑張れ!受験生。
 今年も一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

自分の失敗。

 人は誰しも失敗する。失敗しない人なんていない。
失敗は嫌なものだし、恐ろしいし、出来ればしたくない。
特に、ここぞという場面(受験や就職など)で味わいたくないものである。
 いくら努力しても失敗することもある。
例えば、テスト勉強でものすごく頑張っても、望む得点を取れるとは限らない。
みんなが同じようにテスト勉強をしても、同じ得点を取れるわけではない。
だから、どうしてそんな得点だったのか、どうすれば良かったのか、何が足りなかったのかを考え、
分析し、改善する。そして、次のテストへ繋げていく。
このサイクルを続けた人だけが、テストで結果が出せる。成功できるのである。
 テストだけに限らず、自分のやり方にこだわったり、人のアドバイスを聞かなかったりでは、
現状を打破できない。そして、打破できない自分に言い訳をして正当化しようとする。
でも、自分では間違っていることに気付いている。自分は騙せない。
結局、自分の心との戦いである。
 「失敗=悪」ではないが、失敗したまま変わろうとしないのは悪であると言える。
自分を少しでも変えられた時、結果も少しずつ好転するのである。

コロナ禍での学校の授業。

 気が付けば、今年もあと2か月。コロナ一色でしたが、爪あとは思いのほか深刻です。
経済や社会のことは専門家の方々にお任せするとして、教育について少し述べておきたいと思います。
 皆さんご存じのように、コロナ自粛期間が2か月程度あり学校も休校でした。
再開すれば元通りという訳にもいかず、かなり問題が浮き彫りになってきています。特に、新中1・新高1は状況が深刻です。新しい学校に進学して、学校の授業や学校生活に慣れないうちに、休校して、再開後は学習方法や習慣を身に付ける前に、スピードアップした授業にいきなり放り込まれ、スピードアップが目的なので大事な基本内容や最初の単元はほとんどプリント学習で済まされることが多かったようです。リモート授業でも大差はなかったようです。もちろん、全国一律ではないでしょうし、スピードを上げながらもきちんとした授業を行っている学校もあるでしょうが、多くはこういった状況のようです。しかも未だに教科書の補完が出来ていない所もあるようです。追い付くために、生徒にひたすら「課題」をやらせたり、総合学習的手法でポイントだけをおぼろげにまとめたりして終了しています。しかも、理解が追い付かないから「こんなもの」と諦めてしまっている生徒も少なくないのです。
 教育システム変更よりも、教育の質的向上が急務に感じます。学校の先生方の能力や資質も一定ではないのですから、「全て現場におまかせ!」ではこういった状況になるのは当然です。しかも、まずい状況だと気づいていない先生や生徒がいるのも恐ろしいことです。まずは、教師の人数だけでなく、教師の指導力向上を促す、例えば教師が研修を積める研修センターみたいなもので、授業づくりや情報交換ができるようにするといったシステムも必要ではないかと愚考する次第です。

原因と結果。

 中学・高校ともに中間テストが終了し、テストが返却されています。
目標を達成できた生徒、出来なかった生徒と出来が分かれました。
出来なかった生徒に理由を尋ねると、ほとんどが「勉強不足だった」と言います。
そして、多くの場合、この「勉強不足」は漠然とした「勉強時間不足」を意味しているようです。
 でも、果たして本当にそうなのでしょうか。
確かに、ある程度の勉強時間は必要です。しかし、ただ時間を掛ければみんなが高得点を取れる
訳ではないのです。では、その差は何から生まれるのでしょうか。
 そもそも、テスト勉強は「範囲の把握⇒重要項目の確認と理解⇒確認演習⇒反復」を行うものです。
最低でも、この流れを意識しないと良い点は取れません。
指導でも生徒には伝えていますが、得点が良くない生徒は、なぜか各自「オリジナル学習法」を編み出し、
それを実行しています。まあ、要は面倒臭さが理由で自分勝手に学習しているようです。そして、その場合、
教科書を読むだけ、ワークを解くだけ、重要語句を見るだけなど、「だけ学習」になっているのです。
しかも、苦手な単元はしなかったり、一度学習しただけだったりします。高得点を取る生徒はこういった学習
はしていません。自分に自信が持てるまで、とにかく反復します。
 得点という結果には、それぞれ原因があります。それを知ろうとせずに、ただ勉強しても効果が薄いのは
当たり前なのです。頭痛、腹痛、歯痛、筋肉痛の症状が出ている人が、全員風邪薬を飲んで治そうとするのと
同じです。生徒ごとに存在する原因を知ることがまず大事なのです。
 才能の差は小さいですが、努力や継続の差は大きいものです。「努力出来ない」ことと「努力しないこと」は
違います。これは、学習だけに限らず、その他のことについても言えることではないでしょうか。
 

どうせ…。

 「頑張ってもどうせ・・・」「きっとまた・・・」
 皆さんも一度は思ったことがあるかもしれません。誰しも失敗することは恐いものです。
出来れば失敗したくないと思うのも当然です。これは、多くは「自信の無さ」に起因します。
簡単に言えば、自信をつけさえすれば恐怖心は和らぎます。また、何もしていない時も恐怖心は増します。
 では、どうやって自信をつければ良いのでしょうか。
 大切なのは、今日の「自信のない自分」という成果は、過去の努力の成果であるということです。
「明日から頑張ろう」の明日は来ないことが多いです。「やる気がないからやる気が出てから・・・」と
言いますが、やる気は実際にやらないと出ませんし、やる気がない時に努力できる人が成功するのです。
基本的に自分の努力の邪魔をするのは、ほとんど「自分自身」です。
「明日から」「これで十分」と考えるか、「今から」「まだ足りないかもしれない」と考えるかで、
大きな差になります。才能の差は小さくても、努力や継続の差は大きいものです。
同じ時間学習しても結果に差が出るのは、こういったことが原因なのです。
 努力することはしんどいものです。でも、自分の夢を叶えるために少しずつでも積み重ねましょう。
言い訳して、自分の夢から逃げるのは言葉では言い表せないくらいきついです。
いざという時に、100点じゃなくても、MAXの力が出せるように、自分を鍛えていきましょう!!

「幻想」です!!

 私ども塾講師はお子様の成績を上げるために、最善の指導を提供すべく研鑽を積んでいます。
ここで言う成績は、いわゆる得点だけでなく「学習能力」を含みます。
しかし、残念ながら希望するレベルまで全員の成績を無条件で上げるのは不可能に近いです。
そもそも、成績を上げるためにはいくつかの必要な条件があるのです。
 ➀自主性、➁自制心、➂目標、➃素直。
これらは塾に通って身に付けるというより、家庭や学校の生活環境で培われていくものです。
自分の苦手な問題を出来るようにするために、誘惑に負けず時間を取って、自分で確実に解けるようになるまで、
習ったやり方で学習(反復)して、ようやく結果が出るのです。
だから、わからない問題を先生にすぐ質問して解答を知るだけでは、何も出来るようにはなりません。
なぜなのか。それは、「問題解決能力」が身に付かないからです。
 例えば、社会人になって仕事で難問にぶち当たったとします。その時に誰が解決してくれるのでしょう。
答えは誰が教えてくれるのでしょう。考えたらわかりますよね。自分で乗り越えていくしかないのです。
自分で考える力をつけないといけないのです。その手段が勉強なのです。
もし、得点だけ上げたいのであれば、ひたすら大量暗記すれば、そのテストだけは良い点が取れます。
ただ、得点の維持には毎回の大量暗記が必要ですが・・・(笑)。大概は、中途半端な我流の暗記で終わり、
得点も・・・(-_-;)経験ありますよね。
 ➀~➃が無い場合、大事なのは「小さな成功」です。自分が頑張ったことが報われると嬉しいものです。
だから、どの教科・科目からでもいいので、教わった方法で学習してみてください。やり切った時、自ずと
結果が出ます。正しい努力は報われることが多いです。あっ!自己流のアレンジ(面倒そうな部分をしなかったり、時間を短縮したりすること)は極力やめて下さいね。
 

新学期開始

短めの夏休みを終え、新学期が始まりましたね。
早いところでは、2週間前から授業が再開しています。猛暑の中体調は崩していませんか?
エアコンのついている学校も多くなったとは聞いていますが、十分体調に気を付けていかなければなりません

学校はコロナでの休校の遅れを取り戻そうと、すごい勢いで進んでいますね。
「上手く勉強についていけていない」そんな不安も多いのではないでしょうか?
焦っても勉強は上手く行きませんが、のんびりしていては遅れてくるだけですね。
そうなると学校以外の学習が大切になってきます。「焦らず、たゆまず、怠らず」しっかりとしたペースで
学習を重ねていきましょう。
決して学校だけ、塾だけ、家だけといったことのならないようにしていかないと、気が付くとすごく遅れている
なんてことがあるかもしれませんよ。

2学期は勉強以外の行事も多く、テストとテストの期間が長いものです。気を抜かす頑張っていきましょう。

安全な道と危険な道。

 「上手くいかなかったらどうしよう」
誰しも自分が進もうとしている道の先に、とてつもない障害や困難が待ち受けていたり、
進めなくなる時や自分が傷つく時が来るのではないかと思ったりする。
失敗するかもしれないと思うと、歩みを止めてしまうことはよくある。
みんな不安がよぎると前進できなくなって、「安全な道」に方向転換しようとする。
自分の希望に100%叶う形ではないけれど、その方が幸せなんじゃないかと考えて
自分を無理に納得させようとする。仕方ないんだと・・・。
 私も受験の時に、センター試験に失敗したために、「行きたい大学」ではなく「行ける大学」に進学した。
最初こそ合格したことに喜んでいたが、途中から大学に通っている意味が分からなくなり、
止める寸前まで追い詰められた。何もなければ、おそらく退学していた。
その時、運よく自分が希望する道に進めるきっかけが見つかったので、
辞めずに逆に今までの暗い気持ちが消え去り、心から大学生活を楽しめるようになった。
 そのことがきっかけで、私は生徒には自分が納得する道を進んで欲しいと思って指導に当たっている。
あんなしんどい思いはしない方が良い。
 起こるかどうかも分からないことに不安になって、自分の本当の気持ちから目を逸らしても限界は来る。
だから、本当に大事なのは安全か、危険かではなく、「自分が進みたい道」かどうかではないだろうか。
誰もが、「希望する道」を歩むために必要なのが、広い意味での「学習」なのだと思う。


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