アキラメル。

 今朝、「藤波辰爾、67歳でシングル王座奪取」というニュースを目にしました。
自分が子供の頃からプロレスの第一線で活躍されていた方が、30年ぶりにタイトルを取るとは、
何てスゴイんだろうと心から感動しております。プロレスファンではないのですが、
第一線で活躍するだけでなく、タイトル戦をする覚悟と挑戦、また努力と苦悩は如何ばかりかと
考えるだけで頭が下がります。そして、「お前も、まだまだ頑張れるだろう?」と励まされているようで
元気を頂きました。

 何かを目指して歩き始めはしますが、その道をひたすら歩き続けれることは簡単なことではありません。
時には心が折れてしまい、諦めてしまうこともあります。
でも、元々「諦める」という言葉は悪い意味ではないのです。「諦める」は「明らめる」、つまり「明らかにする」
ことなのです。真実や真理を明らかにすることなのです。
 
 ところが、日本語ではその意味がごっそり抜け落ちて、「目指していたもの途中で止める、断念する」という
マイナスの意味ばかりで使われるようになったのです。自分が望んでいることを目指す途中の「苦しさ」や「辛さ」
を感じると、その感情から逃げ出したくて断念し、「諦めて」しまうのです。
マイナスの感情は本人にしか分からない部分があるので、それを否定するつもりはありません。ただ少し勿体ないと
思うのです。全てを投げ出してしまう前に、「自分が望んでいたものは何だったのか」「なぜ、望んでいたのか」を
明らかにすることも大切だと思うのです。目的と手段を明確にして、マイナス感情を生み出している元は何なのかを
はっきりさせるのです。目的地にたどり着く道は1つではありません。自分にあった道(手段)を見つけると途端に楽になることもあります。

 私もここらでもう一度、自分の夢について「明らめて」みようかな!  (中島)

9月に

 今日、近くの中学校では体育祭が行われています。
「もうそんな季節か」と時の流れの速さに驚かされます。
最近はコロナの影響で、午前中のみで、さらに保護者が見に行くことが出来ない
学校のイベントが増えているようです。
イベントが出来ないよりは良いのでしょうが、なにか寂しさも感じますね。
9月や10月は色々と学校のイベントが楽しい時期です。コロナ禍といえども楽しんでもらいたいものですね。

 また、入試に向けた動きも加速していく時期でもあります。
受験生の方、周りに流されてはいませんか?
夏休みに頑張った人も、ここでもうひと頑張りしないと思ったような結果は得られませんよ。
勉強も抜かりなく頑張っていきましょう。

 上手く勉強できないという人は、無理にでも勉強のできる環境に飛び込みましょう。
SHOOTはコロナ対策を十分に行って、自習室を開放しています。
塾生はもちろん、そうでない人も使えます。環境づくりのひとつとして利用してもらえれば
うれしいですね。

 これから入試に向けた勉強、定期テストに向けた勉強が本格化してきます。
一緒に頑張っていきましょう。(牧野)

夏期指導、熱血爆走中!!

 ついこの前、夏休みが始まったと思ったのに、
早いもので、夏期指導も残すところ、およそあと10日になりました。
塾生はもちろん、夏期生も毎日よく頑張って通っています。
中には、夏休みの課題に追われている生徒もいますが・・・(笑)

 毎年、塾生と夏期生の差を感じています。
単に、成績や表現力といった外から分かりやすいものではなく、
「学習」そのものについてです。塾生には、入塾した当初より、
学習するとはどうすることなのか、成績を上げる学習には何が必要かといった
ことをまず徹底させます。そして、自分に不足していることを認識させます。
そうでなければ、成績を上げる、ましてや学習の成果を積みあげることなど
不可能です。「予習→指導→復習」、言い換えると、次へつながる「線の学習」です。
 
 それに対して、夏期生は「点の学習」です。
問題を解くだけ、ノートをまとめるだけ、塾で勉強するだけのような、
○○だけの学習、その場限りの学習が多いのです。

 テストで同じ60点を取ったとしても、その原因は十人十色です。
自分の原因に合った学習をしなければ効果はありません。
それにもかかわらず、ひたすら問題を解くことしかしなければ、
結果は・・・言わなくても分かりますね。

 だから、夏期生にはその大切なことだけでも伝えたいと思っています。
頑張った分だけ結果を残して欲しいと思うのです。

 さぁ、夏期指導ラストスパートです!みんな頑張ろうヾ(*´∀`*)ノ  (中島)

間違うということ。

 近年、「間違うかもしれないから答えを書かない」と言う生徒が多くなったように感じる。
 間違えたり、失敗したりすることが、いつから恐く感じるようになったのだろうか。
「間違う→叱られる・恥ずかしい→自信がなくなる→正解以外書きたくない→間違う→…」と
ループしているのような気がする。尚更、間違うことへの恐怖心が強固なものになってしまう。
誰だって、正解したいし、正解し続けたいと思う。

 しかし、正解ばかりを選び続けることなんて不可能だ。
テストだと特に、「正・誤」の2つしかないから、余計に緊張するのだろう。
 
 でも、なぜ、そのことが正解だと分かっているのだろうか、また間違い(失敗)だと分かっているのだろうか。
それは、正解と間違い(失敗)を経験(発見)した先人たちがいるからである。
多くの失敗をしてきた先人たちがいるからこそ、そのデータを元に、どういう状況が成功なのか、失敗なのかを証明してきたのだ。それらを分かりやすくまとめたものが、教科書や参考書なのだ。そこから、「正・誤」が生まれる。
だから、先人たちもしてきたように、間違えることが悪いのではなく、間違えたままにしておくことがいけないのである。

 間違いは直せばいい。何もしないことこそ「間違い」だと思う。
 
 ただ、「努力不足による間違い」と「不注意から同じ間違いを繰り返すこと」は避けなければいけない。
それらの失敗は、次の成功につながりにくい。自分に自信が持てなくなる。
 
 だからこそ、間違いは次に活かせるように直さなくてはならない。
 
 子どもたちには、間違えるのならば、正しく間違って欲しいと指導するたびに切に願う。

魚と魚の捕り方

 釣り好きのブログみたいなタイトルにしてしまった(笑)。

 老子の言葉に「魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えよ」というものがある。
空腹の人に魚を与えて一時的に空腹を紛らわせるのではなく、
自分で魚を獲れるようにして自分で食料を調達できる力を教えたほうが良いという意味である。
つまり、短期的な問題解決ではなく、長期的で根本的な問題解決をしなければならないということだ。
魚は食べてしまえば無くなってしまうが、獲り方を知っていれば空腹時に自分で魚を手に入れられる。
 私はこの言葉を聞いた時、学習においても同じことが言えると感じた。
「魚=知識(解答)、魚の獲り方=知識の使い方(解答の作成方法)」に置き換えられる。
分からない問題があった時、その解答を教えてその1問だけ分かっても、他の問題で自分で解答を作れるようにならなければ、本当の意味で実力が付いたとは言えない。
よく問題集を解くときに、分からない問題にぶつかると解答を見ながら解く生徒がいる。
解答を見ること自体は構わないのだが、そこで分かった気になって終わってしまうのが問題なのだ。解答を知るだけでは解くことは出来ない。解答だけではなく、どうしてそう解くのかという成り立ちを理解し、自分でやってみて初めて解けるのだ。習った魚の獲り方を実践して、やっと魚は獲れるようになる。途中、試行錯誤もあるだろうが、その中から自分に合う方法が見つかる。
 魚を求める人は、ずっと誰かに魚をもらい続けないといけない。他人に依存しないと生きていけなくなる。生徒には、魚の獲り方を求める人間にあって欲しいし、魚を自分で獲れる人間になることを切に望んでいる。(中島)

叱れない親。

 30年近くこの仕事をしていると、子どもの変化はもちろんですが、親の変化も身近に感じます。最近で言うと、「叱らない親」が多くなった気がします。2010年頃から言われている「叱らない子育て」の影響でしょうか。例えば、「スーパーの中で、子どもが走り回っていても親は注意をしない」、「公園で、子どもが他の子を泣かせても親は何も言わない」、「ファミレスで、子どもが大声で騒いでいても、親はママ友と話をしている」など、このような子どもの言動を叱らない親は、子供が何をしても何も言わない、その容認が「叱らない子育て」だと思っている親もいるようです。

 「叱る」というのは、特に、危険が生じる場合や他人に迷惑をかける場合に、「子供を正しい方向に導くために注意すること」です。これは子どもを自立させ、将来社会へ送り出すために、とても重要なことです。「叱らない」方法でも、「子どもを正しい方向に導く」ことはしなければなりません。「叱らない子育て」とは、決して、子どもを「何も言わずに、放っておくこと」ではないのです。子どもと社会をつなぐのが親です。子どもを放置したままで、社会規範を身に着けられるはずはないのです。叱らずに、「教える(注意する)」と「褒める」という方法を使って、子どもを正しい方向に導くのです。つまるところ、「叱らない子育て」というのは、それらの手法で、叱らなくてもよい子どもに育てることなのです。

 また、「叱る」と混同しやすい「怒る」という言葉があります。「怒る」というのは、「イライラした感情を相手にぶつけること」です。「叱る」と違って、教え、導く要素はありません。だから、悪いことをするたびに怒っている親を見かけますが、まったく子どもを育てることに繋がらないのです。

 「叱る」ためには、きちんと子どもに寄り添う必要があります。どんな理由でその行動をしたのか、何が悪かったのか、子どもが理解できるように伝えなくてはいけません。かなり労力が必要です。時には何も言いたくなくなるのも理解できます。のびのびと子どもを育てたいという親の気持ちは分かりますが、それと「何も言わずに、子どもに大切なことを教える機会を失う」ことは、まったく別の話です。(中島)

話を聞くということ。

 「成績を上げたいのですが、どうしたらいいですか」

 当たり前なのでしょうが、この質問を本当によく耳にします。
「学習時間」「教材」「学習方法」などが、その回答として挙げられるのはもちろんですが、
特に大切に感じるのは「人の話を聞く」ということです。
 30年近く個別指導に携わっていると、本当に様々な生徒や教材、指導方法に出会ってきました。
最高の教材や効率的な指導方法を探し、研究したこともありました。
でも、結局のところ、どんな教材や指導方法も生徒に伝えられなければ効果はないのです。
一方通行ではない、双方向の「コミュニケーション」が基本なのです。
 ですから、成績が上がらない生徒の特徴の1つは、「人の話を聞かない人」なのです。
そういう生徒は、まず「空返事」が多いです。ただ適当に「はい、はい」と言って、聞いている感じを醸し出しているけれども、何も内容が伝わっていないことがあります。
 そして、話を最後まで聞けない「我慢できない人」です。話の途中で相手が話す内容を予測してしまい、その後の展開が予想できているからこそ相手が続けて話をしているとだんだん我慢できなくなるのでしょう。
 また、話を最後まで聞かずに途中で中断させてくる「話を聞こうとしていない人」です。
とにかく自分の知識や理解度をアピールしたいタイプです。話のペースも自分が主導権を握っておきたいので、聞きたいことだけ聞いて、自分の話したいことを話します。自分の中で興味や関心が変わってしまうので、1つの話に集中できません。
 こういった生徒は、指導内容を覚えていないことが多く、家庭で学習する時に忘れてしまっているのです。
塾だけでなく、学校の授業を受ける時にも同じことをしている場合も多いのです。
 だから、私は指導する際に、ただ一方的に伝えるのではなく、生徒が話しやすい環境や聞いてもらえる関係性を構築することを最優先します。
信頼していない相手の話なんて残りませんしね。それに、これは学習に限ったことではなく、他のことにも当てはまりますね。

 まずは、話を聞きましょう!! (中島)
 

確認すること

今週から高校生の中間テストが始まり,来週は中学生の中間テスト,年度初めの大事なテストが行われます。みなさん今その勉強を行っている最中だと思いますが,特に中学生の皆さんは学校のワークをやることがテスト勉強になっていませんか。もちろんワークをやることは大事な勉強なのですが,もっと大事なのはワークの内容をきちんと理解しているか,同じような問題をきちんと解けるかということです。だから1回ワークをやって勉強を終えるのではなく,きちんと丸付けをし,間違えた所をやり直し,最後にきちんと出来るかをもう一度確認することが大事です。単語や用語も何回書いたということではなく,覚えているかどうかが大事です。確認する一番良い方法は自分でテストをしてみる事です。例えば英単語なら,ノートに単語の意味だけを書き,横に何も見ずに英単語を書いてみる。書くことが出来るものはもう覚えているのですから練習する必要がありません。書けなかったものは,何度か練習してまたテストしてみる。そうやって出来ないものがなくなるまで練習していくことが「覚える」ことにつながります。勉強の仕方に困った時,どうすれば良いかわからない時はお気軽に連絡してください。いつでもお待ちしております。(岡田)

ラベリング

 4月から始まった新しい生活にも慣れ、その疲れをゴールデンウイークで癒し、若干気が緩んでいる頃でしょうか。このまま、のほほんと過ごせればいいのですが、そろそろ奴がやって来ます。そう!「1学期中間テスト」です。あまり授業も進んでいない中で迎えるために、「何とかなるのでは?」と思ってしまいがちですが、皆さんが考えている以上に、この1年最初のテストは重要なのです。
加えて、「1学期期末テスト」とセットで大事なのです。
 例えば、「1学期中間80点→1学期期末80点」の生徒は、おそらく「自分は出来る」と思えるため、その後良い成績をキープするでしょう。
翻って、「1学期中間60点→1学期期末50点」の生徒は、おそらく自信がなくなり、「自分はこのくらい」と思い、自力で良い成績を取ることが難しくなるでしょう。さらに言えば、この成績が中学、高校の3年間の成績を決定づけると言っても過言ではないのです。それは、この「自分は出来る」や「自分はこのくらい」という思いが理由なのです。それを「ラベリング」と言います。
 また、良くも悪くも、人間は一度決めたことをやり通そうとする性質(一貫性の原理)を持っています。つまり、ラベリングすることで、一貫性の原理が働き、ラベリングした自分から抜け出しにくくなるのです。これが、成績が伸びない生徒の原因の1つなのです。
 期末テストとセットで大事だと言ったのは、人間はたった1度の結果は偶然だと思ってしまうものなのです。でも、同じ結果が2度続くと、それが良くても悪くても、「これは偶然なんかじゃない!」と捉えてしまうのです。
 別の観点から、「1学期中間80点→1学期期末60点」の悔しい気持ちになる生徒と、「1学期中間40点→1学期期末60点」の喜ぶ生徒との感情を考えると、2学期のテストに向けて、より努力するのはどちらでしょうか。
 良いラベリングをして、有意義な3年間を送るために、まずは「1学期中間テスト」に向けて、気を引き締めて頑張って行きましょう!!( 中島 )

新しい生活と・・・

 4月から始まった新しい生活で、今までと違うことをたくさん経験していることでしょう。始まる前は、「新しい友達をたくさんつくる」や「部活動を頑張る」など、新しい生活を前向きに捉えていたことでしょう。しかし、いざ始まってみるととにかく忙しいと感じているのではないでしょうか。特に、新高1の皆さんは中学校までと異なる点が多い高校生活に戸惑っているのではないでしょうか。もちろん高校生活は楽しく、さまざまな刺激にあふれていますが、やらなければいけないことが多すぎるのです。

 高校生活の多忙さの一番の理由は、授業の変化です。つまり、授業のスピードが速く、内容も難しくなること、そして多くの学校では予習を前提に授業が進むことが多いことにあります。中学生の時は授業中にきちんと聞いておけば、それだけで授業の内容が理解できたという生徒も、高校に入ると、予習にしっかり取り組んで授業に臨み、その日のうちに復習をしないと分からなくなる、ということは珍しくありません。高校の中には「平日の家庭学習時間のめやすは、学年+2(または3)時間」と明言しているところもあります。つまり、1年生であれば3時間または4時間の家庭学習が必要だということですが、高校の学習に慣れていないうちは、授業の予習・復習に取り組むだけで、2~3時間はかかってしまうこともよくあるようです。

 授業が終わって、すぐに帰宅すれば予習・復習もそれほど負担にはならないかもしれません。しかし、実際には多くの生徒は部活動に入っています。何らかの部に入ることを求めている学校も多くあります。もちろん、部活動は楽しい時間であり、子供の人間的な成長を促す大切な場です。部活動で頑張った経験は、受験勉強の粘りや集中力に繋がると考える教師も少なくありません。しかし、特に運動部の場合、入部したばかりの1年生の体力では、練習についていくだけでも数か月はかかると言われています。

 そんな中で、「勉強は新しい生活に慣れてから、テストの結果を見て頑張ろう」と考えている人が結構な数います。気持ちは分からなくもないですが、一言言わせてもらえれるなら、「その考えは物凄く危険!」ということです。1番の理由は、「様子を見ようと思っている1学期中間考査の順位がほぼ3年間の順位を決定してしまう」からです。中学校では一夜漬けの丸暗記で何とかなっていたものが、高校ではそうはいきません。テストの問題も、知識だけでなく論理的思考が必要なものが増えます。だから、盛り返すのにも相当な時間を必要とします。そういう訳で、1学期中間考査の結果が思わしくないと、「みんなは頭良いんや」「自分は無理そう…」と打ちのめされて這い上がれなくなる生徒が多いのです。
 
 新しい生活に慣れることは大切なことです。ですが、それだけを優先するのは、今後のことを考えるとお勧めしません(受験後だから、ゆっくりしたいという気持ちは理解できますが…)。何より大切なのは、新しい環境に適した「自分の学習習慣」を早急に身に着けることです。それが、学習だけでなく、部活動や趣味などで思いっきり楽しめることに繋がっているのです。(中島)


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