「努力は報われる」という言葉。

 「努力は報われる」という言葉は、嫌というほど耳にしてきた。
そして、一番疑われた言葉かもしれない。本当に報われるのかと…。
だから、「こんなに頑張ったのに出来なかった」と口にする。
「自分は特別じゃないから」と言って、自分の本心をごまかす。
 しかし、努力というのは「報酬を約束された苦行」ではないことを忘れてはいけない。
一度や二度頑張って上手くいかなかったから、自分は努力しても無駄だと決めつけるのは、
報酬がもらえない苦行をして自分が傷つきたくないし、それならば、しんどい思いをしない方が良いと
思うからではないだろうか。
 自分が目指す場所にたどり着く可能性がある「行程」なのだから、歩くのを止めると当然到達できない。
目的地に到達する「行程」は1つではない。自分が知らないものや、まだ通れないものなどたくさんある。
その中から、自分で選択した「行程」をたどる。
だから、思った以上にしんどかったり、逆に拍子抜けするくらい楽だったりすることがある。
到達が確約されている訳ではないので、道が途中で途切れることもある。
自分が進んだ「行程」が駄目だったからといって、目的地を目指すことを止めるのは本末転倒のように感じる。
間違っても別の道を選び続ける、挑戦し続ける人が傍から見たら「努力している人」に映る。
 「現在の自分」ではたどり着けない場所を目指すために、成長しなければいけないからしんどいことも
歯を食いしばって頑張る。義務というより、たくさんある必要な条件の1つなのではないだろうか。
 実際に生徒を指導していて思うのだが、子供たちが夢を持てない理由の1つが「努力」という言葉の考え方の
相違にある気がしてならない。失敗しないことよりも、倒れても立ち上がれるように指導に当たっていきたいと
強く思う。


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