4月になりました。

新しい学年の始まりです。来週には新学期が始まりますね。新しい生活に胸を膨らませている頃ですね。
進級や進学の準備は進んでいますか?学校の宿題などはもう済ませましたか?

春休みは短いですがかなりのんびりしやすいものです。
油断をしていると、思ったように時間が使えないなんてことになりますよ。
始業式や入学式まであと1週間。この間でも出来ることはありますよ。
いいスタートの出来るように準備をしていきましょう。

まずは生活のリズムを整えること。
休みの間だからと遅くまで起きているとか、いつまでも寝ているなんてことはありませんか?
今から学校のリズムに慣らしていきましょう。特に通学に時間のかかるなら早く起きる練習は必要ですね。

次に体調を整えること。
気候の変動しやすい時期ですから、体調管理は重要ですね。それ以外にも虫歯の治療や、メガネの調整など
歯の痛みや、視界の悪さは集中力と気分を悪くしてしまいます。今のうちに治療や調整をしておきましょう。

次に部屋の掃除をすること
いい環境でことを始められるようにするのは大切です。
きれいな部屋から1日が始められれば素敵な1日になると思いませんか?
環境を整える意味でも掃除をすることは大切ですよ。

気持ちよく新学期を迎えるためしっかりと準備していきましょう。(牧野)

何のために・・・

 大学受験もそろそろ後半戦。

みんな一生懸命勉強して、ラストスパートをかけている。

どの子も「合格」を勝ち取って欲しい。

心からそう思う。

 しかし、大学合格というのは確かに一つの大きな目標であるが、
 
そこがゴールではない。

大事なのは、「大学にいること」ではなく、「大学で何をするか」、

もっと言えば「何のために大学に行くのか」である。

 例えば、同じ職業を目指す、同じ大学の人間がいて、

同じ行動をとったとしても、二人ともその職業に就ける保証はない。

個人の資質もさることながら、置かれている状況がまるで違う。

だから、自分や目指す職業の状況を観察(把握)し、それに基づいて方向づけをする。

そして、具体的な方針を策定して、実際に行動に移す。

こういったサイクルが重要になる。様々な問題に直面した場合にも有効である。

「PDCAサイクル」に変わる手法として話題の、いわゆる「OODAサイクル」である。

ちなみに、OODAとは、Observe (観察)、Orient (状況判断、方向づけ)、Decide (意思決定)、Act (行動) の頭文字

を取ったもので、これは目標を達成するための要素を 4 つの段階に分け、成功に導く手法である。

 何にせよ、全ては自分に必要なこと(情報)を「知る」ことから全ては始まる。

状況が変わるのをただ「待つ」のではなく、情報を活用して目的地までの自分の道を歩いていく。

まぁ、簡単に言えば、「よく学び、よく遊び、よく動け」かな。

知識は持っているだけでなく、使って初めて真価を発揮するものだしね。(中島)

努力はうそをつく。

「努力はうそをつく。でも無駄にならない。努力の正解を見つけることが大切。」
                                    ~羽生結弦~

 昨日は北京冬季五輪の開会式が行われました。今回の冬季五輪で,男子フィギュアスケートの羽生結弦選手は,
94年振りの男子シングルス五輪3連覇に挑みます。そんな彼の言葉を引用しました。
 一見厳しい言葉にも思えますが,私は非常にやさしい言葉なのではないかと思います。彼は努力のベクトルのことを話しているのではないかなと思います。例えば今私が,「私はジャニーズに入りたいから,歌とダンスを頑張る!」と努力を始めても,まあ無駄な努力に終わります。ただ,もし本当に努力するなら(しませんが)もしかしたら何かの役に立つかもしれませんし,やって無駄だと分かったということはプラスになるでしょう。
 皆さんの中にも,「どうせ努力しても勉強出来ないし」「頑張ったところで〇〇高校には行けないし」などと
思ってあきらめている人はいないでしょうか。皆さんの行っていることは,正しい努力なんでしょうか,努力の方向が間違っていないでしょうか。それをきちんと見極めているでしょうか。自分では気づけないことは周りに相談して
その努力が正しいかどうかをもう一度考えてみてください。もし,私たちに相談してくれるなら本当に大歓迎です。
勉強のことで少しでも皆さんの役に立てるなら本当にうれしいことです。

ピ、ピンチ!!

 本日、大学入学共通テストの追試験が行われていますが、ほとんどの受験生は共通テストは終了しています。
上手く行った人ばかりでなく、失敗してしまった人も多いかと思います。
かく言う私もセンター試験で全科目で自分史上最低点を取る偉業を為してしまいました(笑)
その時に先生や親から、「ピンチはチャンス」と言われました。
当時は「はっ!?意味が分からん。チャンスじゃねーし。」と思って言葉の意味を理解できませんでした。

 受験だけでなく、仕事などでも苦境に追い込まれている時に、「ピンチはチャンス」と励まされることがあります。どん底にいる時になかなか「ピンチはチャンス」とは素直に思えないし、気持ちの余裕もなく、なかなか受け入れにくいものです。苦しい時には早く逃れたい、楽になりたいとしか思えず、視野も考えも狭く、意固地になるものです。

 「ピンチはチャンス」に似ている、「禍を転じて福と為す」という言葉があります。その意味は、「わざわいに見舞われても、それを逆用して幸福になるように取り計らう」ということです。それは、ピンチ自体がチャンスというのではなく、ピンチになったときに、自ら考えてとる行動がチャンスにつながっているということなのです。つまり、チャンスにするかどうかは自分自身しだいだということなのです。

 そうは言われても、どうすればいいか分からないものです。まずは「失敗の原因を究明すること」です。なぜ失敗したのか理解していないと、改善のしようもないからです。そして、「一歩ずつ前進すること」です。分かりやすく言えば、一発逆転を狙わないことです。魔法のような起死回生の一手はありません。近道を探したくなりますが、その時偶然に見つかることもあるかもしれませんが、ピンチのたびに見つけることは不可能です。一歩ずつ地道に、思考しながら進むことで自分がバージョンアップされていきます。付け加えるなら、「全部ひとりでやろうとしないこと」です。ピンチの時は1人に思えて、周囲が見えなくなり自分で何とかしなければいけない気持ちになります。しかし、自分だけの少ない知識と経験では、上手く行く可能性あっても失敗する可能性が高いです。だから、周囲の人の助けを借りることが大切です。妙なプライドは必要ありません。

 ピンチをチャンスに変えられるかは、「自分を知り、考え、自分の殻を破ることが出来るか」にかかっていると言えるかもしれません。

 さて、本日も生徒に「ピンチはチャンス」と伝えるとしよう!!(中島)

明けましておめでとうございます🎍

新年あけましておめでとうございます。

今年も生徒が笑顔になれるように、

精一杯支えていきたいと思います。

いよいよ来週に迫って来た大学入学共通テスト。

受験生は誰しも緊張した表情で一生懸命に

ラストスパートをかけています。

「失敗したら・・・」とよく聞かれますが、

私は失敗することより、成功するイメージを持つように言います。

そのために今頑張っていることを忘れないで欲しいと思います。

一番してはいけないことは「どうせ自分は・・・」と思うこと、

自分を否定することです。

これをしてしまうと、成功する可能性があることもほぼ成功しません。

言葉や想いに自分の行動が引っ張られてしまいます。

自分は出来ないと思うと、自然と努力をセーブしてしまい、

自ずと相応の結果をもたらします。

「自分は出来る」と思うことが成功するためには必要です。

そして、少々上手く行かなくても努力し続けることです。

誰しも順風満帆で進めればいいのですが、そういうわけには行きません。

だからこそ、しんどい時の「あと一歩」が大きな差を生むのです。

受験生は体力的にも、精神的にも今が一番辛い時期かもしれません。

それでも、「あの時もっと○〇していれば・・・」と後悔しないためにも、

残された時間で出来ることを精一杯やりましょう! (中島)

今年のことは

今日はクリスマス。学校は2学期を終了して、冬休みに入りましたね。
気が付けば今年もあと6日。みなさん、今年やろうと思ったことでやり残したことはないですか?

残りの日数も少ないし、大きなことは出来ないかもしれませんね。でもまだまだ出来ることもあるはずです。
中途半端になっていることを終わらせたり、始めようと思ったことを始めてみたりとできることを探してみるのもいいかもしれませんね。

今年にするべきことは今年のうちに。先に延ばしてもいいことはありませんよ。
来年を良い年にするためにも、今年をしっかり終わらせることが大切だと思います。
あと6日、どう過ごすかは人それぞれです。今年は「これをやった」と思える年にして、新しい年を迎えましょう。
(牧野)

当たり前。

 「先生、毎日面白くないんやけど・・・」

何気ない生徒との会話で出てくる言葉。

大きな意味があるわけでも、深刻な感じであるわけでもないかもしれないが、

日々の生活の中で自分なりの「楽しみ」を見つけられなくなっていることは分かる。

特別な出来事がないと、つまらない日常に見えてしまうことが多い。

自分にとっては「当たり前」で、それがずっと続くように感じる。

 

 私は今、持病のために右目が見えなくなりつつある。

手術で治療できるのだが、見えることが「当たり前」だったのに、

日々変化する視力に不安を覚えてしまう。朝起きたら、見えなくなっているのではないかと・・・。

失う可能性が出てきて初めて、「当たり前」のことの大切さや有り難さが分かる。

今まで何も感じなかったが、目が見えていることに心から感謝が出来る。

そして、自分にとって「当たり前」のことなど本当はないんだと気づかされる。

 毎日を楽しむためには、少なからず「余裕」が必要になる。

身体的余裕、経済的余裕、社会的余裕や時間的余裕がないと、

何かを楽しむことが難しくなる。見聞が狭くなってしまうからである。

自分の価値観から抜け出せなくなるから、何に対しても新鮮さを感じられなくなる。

周囲の環境や状況を見聞きすることで、新たな発見や新しく出来ることが増えてくる。

教科書からだけではない「学び」である。

つまり、「学び」は自分の閉じた世界を広げてくれるのである。成長させてくれる。

それこそ、「学び」の重要な目的の1つだと言える。

 生徒を指導したり、話したりする中で、自分の考えを「当たり前」と決めつけず、

生徒に学びのきっかけを与えられるように、そして、私も生徒から学べるように

精進したいと心から思っている。 (中島)

「目的」と「手段」

 大学入学共通テストまで二か月を切りました。

受験生の表情を見ると、緊張と不安が入り混じった感じを受けます。

そして、今までの受験勉強の疲労が出てくるので、

体力的にも、精神的にも一番きつい頃だと思います。

何とか全員無事に志望校合格を掴み取って欲しいと心から願います。

 受験が差し迫ったこの時期に大切なことは、

「今、何のために頑張っているのか」という「目的」を忘れないことです。

「えっ!?そんなの『○○大学に合格するため』に決まってるやん!」って

言われそうです(実際に生徒に言われました・・・(;^_^A)が、

私からすると、それは「目的」ではなく、「手段」です。

だって、大学は最終目的地ではないからです。

大学卒業後にどんな仕事をしたいか、どんな暮らし方を望むのか、どんな自分で在りたいか

などが「目的」ではないでしょうか。

 「目的」と「手段」を取り違えてはいけません。

年齢を重ねていくと、「やるべきこと」が増えていき、「やりたいこと」が霞みがちになります。

そうなると、毎日がつまらなく感じてしまうようになります。

そんな時に「目的」は自分を支えてくれます。もう一歩前に足を踏み出させてくれます。

そして、大変なことはあるけど、少しずつ「目的」に近づけるのです。

 生徒たちには将来笑っていて欲しいと思います。

だからこそ、しんどい時こそ「目的」を忘れないで欲しいと伝えたいのです。 (中島)

自分の選択。

最近、高校2年生から受験の科目選択の相談を受けることが増えて来た。

学校で選択授業を決定する時期だからだろうか。

嫌いな科目や苦手な科目はどうしても避けたり、受験で使わなくても良いようにしたい。

人は苦しいことや辛いことから逃げたくなる。

「将来の為だから頑張れ!」「他の人も頑張っている」などと言うつもりはない。

私自身が受験生の時、嫌いな数学から逃げたからである。

「数学を減らして他科目に集中して勉強時間を増やし合格する」なんていう言い訳を

大義名分として自分に言い聞かせて・・・。結果から言うと、時間は増やさないし、

効率も上がらない。そもそも楽をしたかったから当たり前なんですけど。

そんな逃げてる自分が嫌いだった。

将来に対する不安、不合格に対する恐怖、自由な時間が減るストレスから苦しくて仕方なかった。

当時は数学を捨てることしか考えられなかったけど、今は捨てない道もあったと思える。

自分が希望する今の場所に辿り着くのに時間がかかったし、回り道もした。

逃げることも1つの方法だし、否定するつもりはない。

ただ、逃げても気持ちはくすぶるし、後で代償は払わなければいけなくなることを伝えたい。

どういう道を選択しても良い代わりに、自分の人生の責任は自分にある。

だから、しっかり自分の将来について情報を調べ、今の自分が最善と思える選択をして欲しい。

(中島)

アキラメル。

 今朝、「藤波辰爾、67歳でシングル王座奪取」というニュースを目にしました。
自分が子供の頃からプロレスの第一線で活躍されていた方が、30年ぶりにタイトルを取るとは、
何てスゴイんだろうと心から感動しております。プロレスファンではないのですが、
第一線で活躍するだけでなく、タイトル戦をする覚悟と挑戦、また努力と苦悩は如何ばかりかと
考えるだけで頭が下がります。そして、「お前も、まだまだ頑張れるだろう?」と励まされているようで
元気を頂きました。

 何かを目指して歩き始めはしますが、その道をひたすら歩き続けれることは簡単なことではありません。
時には心が折れてしまい、諦めてしまうこともあります。
でも、元々「諦める」という言葉は悪い意味ではないのです。「諦める」は「明らめる」、つまり「明らかにする」
ことなのです。真実や真理を明らかにすることなのです。
 
 ところが、日本語ではその意味がごっそり抜け落ちて、「目指していたもの途中で止める、断念する」という
マイナスの意味ばかりで使われるようになったのです。自分が望んでいることを目指す途中の「苦しさ」や「辛さ」
を感じると、その感情から逃げ出したくて断念し、「諦めて」しまうのです。
マイナスの感情は本人にしか分からない部分があるので、それを否定するつもりはありません。ただ少し勿体ないと
思うのです。全てを投げ出してしまう前に、「自分が望んでいたものは何だったのか」「なぜ、望んでいたのか」を
明らかにすることも大切だと思うのです。目的と手段を明確にして、マイナス感情を生み出している元は何なのかを
はっきりさせるのです。目的地にたどり着く道は1つではありません。自分にあった道(手段)を見つけると途端に楽になることもあります。

 私もここらでもう一度、自分の夢について「明らめて」みようかな!  (中島)


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